プロローグ

midori*の起承転結ストーリー 【転】

●家計が火の車

 

表題の通り、僕の家計は文字通り「火の車」です。

大学入学の際に奨学金の申請をして、毎月申請できるだけの最高金額を借りていました。


当時は奨学金が「借金」という感覚はなく、今になってそれがじわりじわりと僕の首を締めています。

 

その額、合計600万円。

 

 

なぜこれほどまでに奨学金を借りていたのかというと、入学金の肩代わりをしてくれた実家がそもそも火の車だったからです。

この奨学金のすべてを実家の生活費に充てていました。

僕の両親は地元ではそこそこ名のある寿司屋をかれこれ30年以上経営しています。

今の新しい店舗兼実家を建てるときに多額の借金をしたそうです。

当時はバブル景気ということもあり、何もしなくてもお客さんに来ていただき、毎日お家は賑わっていました。

子ども心で毎日忙しくしている両親に構ってもらえなかったことに少し寂しさを感じていたのを覚えています。

僕には兄がいて、その兄が親代わりにまだ幼かった僕といつも遊んでくれていました。

 

ただ、ご存知の通り、バブル景気はそう長くは続きませんでした。

お客さんはピタリと来なくなり、僕が物心ついた頃には暇な日曜日を過ごしている両親の姿しか目にしていません。

 


残ったのは実家を建てた際にできた借金のみ。

 

 

その額は最近知らされたのですが、2020年現在でも1,000万円を超えています。

 

 

 

ありえなくないですか?

 

こんな金額、どうしたらいいんですか?

 

「半沢直樹」とか「ミナミの帝王」でしか聞いたことありませんよ、こんな金額。

僕が臓器を各国に売り飛ばしてやっと返せるかどうかって額じゃないですかね。

 

 

…僕はどうやら「共感」の力が人一倍強いようです。

こんなバカで頑固で時代錯誤な両親でも、見限ることができないんです。

だから大学時代は毎月奨学金を10万円借りながらも、アルバイトに打ち込み、バイトでさらに稼いだ10万円を毎月実家に仕送りをしていました。

そのため奨学金を600万円も借りていたと言っても、今の僕にはその一銭も残っていません。

 

 

この状況は今も続いています。

僕は昇進をしたといっても、たかだか入社数年のぺーぺーです。

役職のランクが一気に上がったわけではないので、

残業代込みでだいたい手取り収入毎月18万円ほどでしょうか。

 

僕は田舎に住んでいるので、収入もだいたいこれぐらいが相場なんです。

むしろ田舎の中小企業としてはまあまあ良い方なんじゃないですかね?

 

これも前もってご理解いただきたいのですが、

僕はこの会社をブラックだとは思っていません。

会社の批判がしたいわけでもありません。

だから僕がいる会社にとってマイナスなイメージだけは持っていただきたくはないです。

 

そして毎月の支出も概算ですがありのままに公開します。

 

  • 家賃48,000円 (水道代込)
  • 奨学金返済30,000円
  • 仕送り30,000円
  • スマホ代10,000円
  • 通信費15,000円 (一人暮らし+実家込)
  • 電気代4,000円
  • ガス代2,000円
  • 食費10,000円
  • ガソリン代4,000円
  • NHK代5,000円 (2ヶ月に1回)
  • 雑費交際費10,000円〜20,000円
  • 合計168,000円〜178,000円


 

 

笑えないですよね。(笑)

貯金なんてできるわけがない、毎月数百円しか残らない日々です。

ATMがただの箱になり変わります。

 

今でこそ限度額最低のクレジットカードで光熱費等の支出管理を徹底し、なんとか生活できていますが、給料日の1週間後には家賃やクレカの引き落としによって何もしていなくても預金残高が3ケタになります。

人生のヒットポイントのゲージが常に真っ赤っかな状態です。

 

 

そんなに贅沢はしていないつもりです。

外食もしませんし、自炊を心掛けているのでコンビニにもほとんど行きません。

服や家具などももう何年新しいものを買っていないかわかりません。

旅行などにもほとんど行きません。

というより行けないのです。

 

しかし、僕は最近精神を健全なものに保つために毎週一回1,000円前後のお金を支払って温泉施設には通っています。

 

「そんな無駄なところに金かけるなよ」

 

おっしゃりたいこともよくわかります。

削れるところを削ってから泣き言は言え、と。

 

しかし、

毎週1,000円かかる趣味にお金を支払うのは「贅沢な暮らし」でしょうか?

 

それすら許されない世界なのでしょうか?

 

 

これまではもっとひどい暮らしでした。

 

クレジットカードの審査がどこにも通らなくて、さらには格安の生命保険の審査でも厳しい現実を突きつけられました。

 

審査の結果を見ると毎回「人生の不合格通知」を受け取っているような気持ちでした。

 

 

「僕は生きていてはいけないんじゃないだろうか…」

 

僕には貯蓄も保険も一切ないため、僕に「もしものこと」があったら僕の人生がそこで終わります。

ちゃんちゃん。

 

「あと300円あったら、好きなラーメン屋さんに行けるのに…」

 

って本気で思ったことあります?

 

こんな切ない現実ってありますか?

 

僕は今ただ呼吸をするためだけに仕事をしているわけです。

そんなに贅沢をしているわけではないとは思っています。

もちろん削れるであろう出費はたくさんあるでしょう。

ただ、我慢しながら生きるためだけに働くって辛いじゃないですか。

 

僕はほんの少しだけでも自由に使える時間とお金が欲しいだけなんです。

 

 

お金がなければ生きている資格さえないのですか?

 

 

まだ高校生の頃から毎日のように親から、こんなことを言われて僕は育ってきました。

 

「お金がない…」

「今日もお客さんが一人も来ぉへんかったわ…」

「もうあんたを大学に行かせてあげられへん…」

「もう少し仕送り増やしてもらえへん…?」

「ごめんなぁ…」

「ほんとごめん…」

 

このようなことを言われ続けられてきた僕の心は、次第に少しずつ少しずつ圧迫され、今のような小心者の僕が出来上がったということです。

 

どうして親が僕に謝る必要があるんですか?

僕の家族は何か悪いことでもしたんですか?

 

謝んなよ…!!!

諦めんなよ…!!!

 

正直僕のような暮らしを過ごし、お金に困っている人は世の中にごまんといるでしょう。

 

「お前だけじゃねえんだよ」

 

そんなことはわかっているんです。

それでもどこかにこの社会へのもどかしさをぶつけなければ僕は僕でいられなくなってしまうんです。

 

 

僕が仕送りをしている額も、正直ただの焼け石に水です。

これがなければ新卒としては「普通な暮らし」ができるのかもしれません。

親には「もういい」と言われたこともあります。

でも、それでは僕が納得できないんです。

 

実家で何も知らないまま暮らしていたあの明るい日々を終わらせたくないんです。

 

 

父が握ってくれる寿司を食べて僕は育ちました。

母の優しさに触れて僕は育ちました。

兄の背中を見て僕は育ちました。

 

 

父と一緒に毎週休みの日にキャッチボールをした庭も、母が美味しいご飯を作ってくれるキッチンも、兄が一心不乱に受験勉強に励んでいた部屋も、僕が高校時代に涙を流した部屋も、何もかも失いたくないんです。

 

僕が倒れてしまったら、お金を稼ぐことが出来なくなってしまったら、それこそ両親を見限ることになりますし、僕の「いつか帰るところ」が一瞬でなくなってしまうんです。

 

 

僕の人生だけでなく、実家の両親の人生もそこで終わるんです。

 

 

だから僕は精神力だけで今を生きています。

ほかにも辛いことはたくさんありますが、その現実も全て受け止めて、もがき苦しみながらもなんとか前を向こうと僕は必死で今を生きているんです。

 

…ここまで書いたところで現実に改めて直面して、なぜだか目から汁が止まらなくなってしまったので、ちょっと筆を置いてトイレに行ってきますね。

 

●これだけでは終わらない辛い現実

 

ただいま戻りました。とまあ、そんな感じでmidori*は日々を過ごしております。

大人って思っていた以上に大変な世界で生きているんだなぁと気づかされました。

こうしたギリギリの生活を送り、2年程の月日が経った頃でしょうか。

そんな純朴な僕に運命が追い討ちをかけます。

 

 

 

父が倒れ、余命宣告を受けたのです。

 

 

長くて「あと5年の命」だそうです。

 

 

 

肝硬変の末期らしいです。

典型的なアル中ってやつですね。

父は昔気質の頑固オヤジです。

今のこの情報社会の中で、ガラケーも上手く使えません。

そんな父は弱音も言わずに一家の大黒柱として、一人で実家を支えてきました。

 

まだ幼かった僕に「我慢」という言葉を刷り込んできたのも父です。

おかげで僕は今苦労しています。

 

弱音が吐けない分、お酒やタバコに身を挺するしかなかったんでしょうね。

自分を追い込むしかストレスを発散できなかったんでしょう。

今の僕には痛いほどわかります。

ほんとに僕は父の子なんだなぁ、血には抗えないんだなぁとつくづく思います。

 

 

おそらく父の命は2020年現在、

 

あと「長くて2年」といったところでしょうか。

 

 

僕は父の最期に華を持たせてやりたいとこっそり思っています。

今こそ売れない寿司屋ですが、ほんとにお寿司は美味しいですし。
(洒落ではありませんよ!笑)

 

昔は毎日満席になるほどお客さんが来てくれていたんです。

経済状況が変わってしまったため、なかなか個人店の寿司屋に行こうという考えにはならないのでしょうが、それでも地元の「憩いの場」であったことは間違いないと思っています。

兄も僕も色々と父には話しました。

それでも父が頑なに経営方針を変えなかったのは不器用だからということもありますが、もっと心の根底に「想い」があったんです。

 

 

“今の時代はスマホやらネットやらで、人との【繋がり】が感じられない。昔来てくれたお客さんがふとした瞬間にうちのことを思い出して店に来てくれたときに、以前と変わらない雰囲気でお出迎えしたい”

 

共感力が強い僕は父のこの言葉だけは尊重したいな、と思いました。

 

兄は自分に厳しい合理的な判断ができるエリート金融マンです。

その兄は初めのうちは実家に多額の仕送りをしたり、経営方針を変えろと助言をしたりしていましたが、今では堪忍袋の緒が切れてしまったようでプンスカしています。

 

兄の合理的な考えは僕も納得できます。

今でも兄の背中は僕が目指すべきものなのだとも思っています。

 

ただ、その兄には僕ほど「共感の力」はなかったようです。

僕はその気持ちだけで、身を削ってでも実家や両親を救いたいとこれまで考えてきました。

それはこれからも絶対に変わりません。

だから父の最期には、またお客さんでいっぱいのお店にしたいなと、こっそり僕の心の中で計画しているのです。

 

 

僕にはもう時間がないのです。

実家に帰る度に弱弱しく、老いていく父の姿に、僕は心が痛みます。

「明日」には僕の大切な育ての親がいなくなってしまうかもしれない。

そんな恐怖と焦燥の気持ちに首が絞められるような想いです。

 

時間がない。

もう後には退き下がることはできない。

 

前進というのは、「退き下がる」という選択肢がなくなって初めてできるものなのだと、生まれてこの云十年でやっと気が付きました。

 

他の道を「断つ」ことに「決める」

 

これが「決断」なのだと。

 

だから僕は、今初めて人生の「一歩」を踏み出そうとしています。

 

●まだまだ終わらない!?人生のドン底精神疾患編

 

そんなこんなで、僕のプライベートは闇に包まれていました。

 

上司に遊びに誘われても、

「その日はちょっとすんまそ〜ん!」

とか言って断っていたこともあります。

 

父親譲りの頑固で不器用な性分は見事に僕に受け継がれています。

だれかに相談する、弱音を吐くという普通の人ならできそうなことがまったくできません。

 

基本お豆腐メンタルの僕は、学生時代から今思うと些細なことにも敏感に心が反応してしまい、気分の浮き沈みが激しかったように思います。

 

高校受験、大学受験って、学生のうちではその後の人生を左右するとっても重要な分岐路じゃないですか。

特にその頃は心が繊細になっていたように思います。

 

僕は学生の頃、友人から「努力の天才」と呼ばれていました。

センスも才能もないことは自分でもわかっていましたし、しかし人一倍プライドが高かった。

学力が足らなくとも、少しでも兄のようになりたくて、必死に勉強をしていました。

家計の事情で塾にも通えなかったので、すべて独学でなんとかしてきました。

 

学校にタイマーを持っていき、帰宅時間も自転車を全力で漕いでギリギリ間に合うかどうかというリアルタイムトライアル通学をし、帰宅したら即行で勉強机に向かっていました。

集中力がギリギリ続くように時間管理も徹底し、休憩時間には単語帳を広げ、24時間すべてを勉強に捧げました。

 

大学受験の頃も同じです。

先述していたように部活動にすべてを捧げていたので、360人ほどの学年の中で、ビリッケツから両手で数えられるほどの順位でした。

教科によっては偏差値が30レベルのものもありましたし、世界史は学年で最下位でした。

そこから猛勉強をし、地元では有名な国立大学に見事合格を果たしました。

 

しかし、常に全力で努力をするそんな僕に対して、両親はこのような言葉をかけてきます。

 

「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」

「○○高校・大学でいいだろ」

「無理して大学に行かなくても」

「お前は兄とは違う人間性だから、別の選択肢もある」

 

僕はこの言葉に、これまでの僕の全てを否定されたように感じました。

もちろん親は僕のことを心配してくれたのでしょう。

 

僕の努力は意味がないのか?

何の為にこんな辛い想いをしてまで努力を続けているんだ?

 

 

僕から努力を無くせば、僕には何も残らないのに。

 

 

僕は僕の全てを親から否定されてしまった、認めてもらえなかった、そう感じてしまいました。

それでも僕は涙でノートを濡らしながら、必死に努力を重ねました。

僕はとても不器用な人間なんです。

相手の言葉をそのまま受け止め、それで勝手に傷つく人間なんです。

 

 

そして忘れもしない、2018年の10月

僕は社会人となっており、だいぶ仕事にも慣れてきた頃です。

 

 

僕は仕事でも行き詰まりました。

当時好きだった子にフラれた次の日に、上司に皆がいる前でミスを指摘されました。

誤解を生まないようにお伝えしますが、その上司はほんとに良い方です。

洞察力に優れたとてもカッコイイ尊敬している人です。

ただそのミスをきっかけに、僕はミスを連発するようになりました。

 

 

「ミスしないようにしなきゃ…」

「忘れないようにメモを取ろう…」

「今日はこれとあれをやらないと…」

 

 

あれこれミスを連発するうちにドンドン視野が狭くなり、盲点な所からミスがさらにわんさか湧き出てきました。

 

もうミスが止まらず、誰の目にも僕は様子がおかしいと映っていたと思います。

個別で上司と面談、勤務後にも相談のためにご飯に連れていってもらうこともありました。

 

 

それでも僕は上手く業務ができません。

 

 

すると次第に魔の手が僕に忍び寄ってきました。

 

 

  • 言葉が上手く発せられない
  • 文字が認識できない
  • 人と顔が合わせられない
  • 記憶が飛ぶ
  • 手の震えが止まらない
  • 頭痛、耳鳴り
  • 食欲不振
  • 睡眠障害
  • パニック状態
  • 夢と現実の区別がつかない

 

 

食事は3日に1食。

餃子を数個焼いてビールで流し込むだけです。

毎日金縛りにあって寝たのかどうかすらもわからないような毎日です。

夜の11時頃に帰宅して、朝の5時頃まで眠れず、

力尽きて眠りに落ちるも、1時間ごとには目が覚めます。

頭痛と手足の震えと冷えが止まりません。

常に頭の中に白いモヤがかかってとにかく上手く言葉が口から出てこない。

過去の記憶が思い出せない。

周りの視線に常に怯えながらずっと下を向いて、ただひたすらに目の前の仕事だけをこなしていました。

 

 

壊れてしまえればどれだけ楽になれるだろう…

 

 

「死にたい…」

 

こうした状態に陥るとよくある話だとは思うのですが、

不思議と僕はそんな感情にはなりませんでした。

 

 

「死にたい」とすら感じない「無」

 

 

心の中は常に空っぽ。

抜け殻のような魂。

 

言われたことにだけ「はい」とだけ返事をして、

何の感情も湧き出ぬままに1日を過ごす。

 

 

何にも恐れることなどないのに。

 

何にも不安など感じることはないのに。

 

ただただ毎日、

 

「生きていてごめんなさい…」

 

もはやそんなことしか毎日考えていませんでした。

 

死ぬ勇気なんてないから。

 

死ぬ度胸すらないから。

 

死ねば自分は楽になれるかもしれないけど、

 

残された両親の顔を思うと

 

死ぬこともできない。

 

ただただ、死んだように生きるしかなかった。

 

 

そして、僕の身体は無駄に丈夫な素材でできているようです。

目で見てわかるような病気などにはならない。

頑丈に生んでくれた親に感謝感謝なのです。

 

 

もうここまできたら止まらない。

負のスパイラル。

 

「もうどうにでもなれぇ〜\(^o^)/」

 

って感じで、ある日突然僕の中で風船が割れたような、何かが弾けた音がしました。

それは間違いなくこの耳で感じられるような音でした。

その音を聞いた瞬間、僕は初診でもすぐに受けられる県内の精神科病院に片っ端から電話をかけました。

 

「初診だったら、1ヶ月後の予約になりますねー」

 

事務的な乾ききった声で言い放たれてしまいました。

世間はほんとに世知辛いです。

 

「俺は【今】苦しんでるんだろうがぁあああ」

 

とさらに発狂しました、マジで。

それと同時に自分と同じように苦しんでいる人が増えているんだなぁとも感じました。

 

 

神にもすがるような思いで病院を探し、唯一まだ耐えられそうな日程で受診できる精神科病院に予約がとれたので、そこの先生に現状を伝えました。

髭がダンディな山男みたいな先生です。

僕は今でもその病院に毎月通院しています。

 

 

診断名は、「適応障害」「不安障害」

正直「うつ病」と診断されてもおかしくはないだろうと自分では思っていました。

 

「うつ病」と診断されるには、「普通の生活が出来なくなってしまっている状態」かどうかが一つの判断基準なんだそうです。

 

それならいっそ僕の身体がほんとに壊れてしまえばいいのにって本気で思いました。

僕は無駄に忍耐力と体力があることに腹が立ちました。

病名がついて心のどこかで「これは病気なんだ」と安堵する部分もありましたが、違う感情も同時に芽生えました。

 

 

「あぁ、自分がこの環境に適応できていないんだ…」

 

「環境がおかしいんじゃなくて、やっぱり自分がおかしいんだ…」

 

また負のスパイラル\(^o^)/

 

どこまでいっても僕は根暗の陰キャです。

そして僕はこれまで絶対に足を踏み入れないと決めていた世界に飛び込んでしまいます。

 

 

それが、「ギャンブル」です。

先程出費について記しましたが、削れるであろう出費というのは、その少ない雑費でパチンコに通うようになったことが大きいのです。

電気代もガス料金も食費すらも支払えなくなってしまうほど、無心で我が身を壊そうとしました。

今でこそ地元の友だちにも支えられながら、「毎月一回だけ発散できる日」というのを約束をして、なんとか友だちと笑い話にできています。

ただそれでも実際には笑い話にもできない人たちが世の中にはたくさんいるのではないでしょうか。

僕はリストカットなど実際に我が身を傷つける勇気もなかったため、ギャンブルに打ち込んで、さらに自分を追い込むことで「自傷行為」のような感覚に浸りたかったんだと思います。

頭ではわかっていても、感情のブレーキが壊れているんです。

 

 

今では毎日大量の抗うつ剤や安定剤、睡眠薬を飲まないと精神を保つことも難しいです。

ここ最近でも2〜3日諸事情で薬を飲めなかったことが2度ほどありましたが、そのときはどちらもそれが原因かはわかりませんが、パニック症状を起こし、再起不能のグロッキー状態になりました。

 

僕が本当に藤原竜也演じる「カイジ」に出てくるキャラクターのような体勢になるとは思いもしませんでした。(笑)

重力に耐えられず、膝から床に崩れ落ち、頭を床に擦り付けて泣きながらうずくまるってやつです。

 

 

「どうしてなんだよぉおおお…!!!」

 

 

約3時間程そのままピクリとも動けなかったので、その日は出社放棄しました。

そのまま仕事をフェードアウトしようかとも考えました。

そのときはほんとに職場の人には迷惑をかけてしまったと思います…

 

僕は社会の欠陥品なのです。

 

上手く社会に適応することもできず、まともに仕事をすることもできず、それでも呼吸をとめないためにお給料はもらう。

 

 

生きてて意味があるのか?

むしろいなくなった方が皆幸せになれるのでは?

幸せってなんだっけ?

はやく楽になりたい…

 

 

本気で幸せというものの感じ方がわからなくなりました。

 

 

「楽しい」「嬉しい」「喜び」

 

 

そんな感情さえ感じることもできず、

むしろそうした感情を抱くことに罪悪感すら湧いてきます。

 

 

こんな自分が幸せになんてなったらダメだ…

 

 

空腹の限界を迎え、ようやくご飯を口にしますが、自分の空腹感を満たすとそれだけで罪悪感に苛まれます。

 

 

しかし、

ただ幸いにもこの現状や心の病に理解のある方が職場にいました。

 

僕は退社も覚悟していたので、職場の中でも身近な年上の方にプライドを捨てて勇気を振り絞って一度だけそれまでに相談をしたことがあったんです。

 

当時の僕は周りから見ても明らかに負のオーラを漂わせていたらしく、「だと思いましたよぉ〜」って軽い感じで話を聞いてくれました。

(年下の僕に敬語を使ってくれるのには色々理由があります笑)

 

 

そしたら、次の日には直属の上司に、そして次の日には社長にまで話が伝わり、社長と二人で直接面談をすることになりました。

僕は無駄にプライドが高い生命体なので、社内でも僕の現状を知っているのはほんとに数人程しかいないと思います。

心の病はほんとに理解してくれる人が近くにいるかどうかで、その人の人生や命が変わってきます。

僕は今、たくさんの人に支えられながら生きています。

 

ほんとに感謝感謝なのです。

 

▶︎「結」のストーリーでは、ここまで錆び付いて動かなくなっていた僕の人生の歯車が急ピッチで回り始めます。ここまできたら最後まで読んでくださりますよね!?(^o^)/笑

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