日記

midori*の手紙

【2020年3月8日(日)】

今日は「良いこと」がありました。

僕が2年前に担当していた高校生が第1志望の大学に合格したという連絡をもらったのです!

 

そのクラスは短いながらも僕の社会人史上、最も思い入れのあるクラスでした。

誤解を生むかもしれないのであらかじめお伝えしておきますが、僕は学校の先生ではありません。

なんでもない一人の「会社員」です。

2年前の最後の日、僕は彼らに手紙を送りました。

第1志望に合格したその子は、上京してもその手紙を東京に持っていくと言ってくれました。

 

その手紙は2年間「僕」というぼんくらにでも、
「ついていく!」と言ってくれた子どもたちへの感謝と、僕自身への戒めのメッセージを綴ったものでした。

 

今日はそれを備忘録としてここにそのままを記しておきます。

 

●手紙

 

まずは進学おめでとう。2年間という短い間でしたが、みんなに出会えたこと、こんな俺にもここまでよくついて来てくれたことに感謝します。ありがとう。文面になりますが、これが俺からの最後のメッセージです。話せば早いのに、なぜわざわざ文面なのか。それは「残る」からです。1年後か2年後か、はたまた5年後か10年後か。困難の壁にぶち当たったとき、これを読み返し「ああ、そんなやつもいたな」とこれまで歩んできた道を振り返ってみてください。進むべき先は「過去」ではありませんが、過去は「自信」になります。ときに過去を振り返り、歩んできた道が正しかったことを確かめてください。この先人生の岐路に立たされた際、より良い道を歩めるようこの文章が「選択の指針」になれば俺も一教師としての責務をいくらかは果たせたのかと思います。

 

 

「なぜ勉強しなければならないのか。」誰しも一度はこの問いについて考えたことがあるかと思います。進学して良い大学に入学するため、先生や親に責められるため。一人一人その答えは違うかと思いますが、ここに俺の考えを記します。なぜ勉強をしなければならないのか。それは「強くなるため」です。もっと言えば、「強く生きるため」です。みんなはこの先大学に入り、その後社会という海原に帆を上げることになります。では、みんながみんな常に順風満帆に航海を続けることができるのでしょうか。それは、“No”です。この先、みんなの船旅は必ず困難にぶち当たることになります。荒波に揉まれ、航海を止めたくなるときもきっとあるはずです。自分一人の力では解決しがたいこと、どうしても納得できないこと、はっきり言って社会というのはそのような理不尽なことばかりです。しかし、学校ではそんなことはなかなか教えてはくれません。教えてくれるのは「知識」と「夢を持つことの大切さ」です。(夢はどこに進めばいいのかという道しるべになってくれますが、その夢をどのように見つければいいのか、どのように叶えればいいのかを教えてくれる先生はわずかです。)

 

 

みんなは荒波に揉まれながらもその多くの理不尽なことに立ち向かわなければなりません。決して逃げることは許されないのです。逃げても船は転覆しませんが、逃げれば進むべき方向が分からなくなってしまう。しかも一度航海に出てしまえば、誰もあなたたちに救いの手を差し伸ばしてはくれません。では、みんなに今できることとは何か。まずは目の前にある困難・壁に面と向き合い、それを乗り越えることです。みんなにとってその壁が「勉強」であり、乗り越えることでみんなは「強く」なるはずです。強くならなければあなたたちの船は「転覆する」か「逃げる」しか道はありません。強く生きてください。決して理不尽に屈しないでください。それが、みんなを支えてくれるご両親や先生たち、俺の願いです。

 

 

「なぜ大学にいくのか。」震災に苦しんだ2011年、とある高校の校長先生が卒業生に向けてそのような問いを投げかけたそうです。その問いに対して以下のように続きます。

 

❝大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況においても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 

大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高いのかもしれない。しかし、地球規模で考えれば、大学に行くものはまだ少数である。学ぶために大学に行くというのは、学ぶことに特権意識があるものの「驕り (おごり)」である。

 

多くの友人を得るために大学に行くというものがいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることの方が近道かもしれない。どの社会であろうと、よき友人はできる。大学で得る友人が、優れたものであるなどといった保証がどこにあるのか。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 

楽しむために大学に行くというものがいる。エンジョイするために大学に行くと高言するものがいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 

君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 

学ぶためでも、友人を得るためでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 

大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。❞

(引用:【卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)】)

 

❝「海を見る自由」とは「言い換えれば、立ち止まって現実を直視する自由のことだ。」❞と、このあとに続きます。なるほど。これを読んで俺も腑に落ちました。いかなる時であっても、向き合うべき現実を見失ってはいけません。この先みんなを待ち構えている現実はそう甘くはありません。現実を見極め、困難に立ち向かい、己で考え、己で解決する。これから進む社会とはそのような場所です。また、勘違いをしている人も多くいますが、あなたたちの船の舵をとるのはあなたたち自身です。一時たりとも他人にその舵を握らせてはいけません。進むべき道は自分で決めるのです。社会に出れば荒波に揉まれ、「夢」や「未来」について考える時間が限りなくゼロに近くなります。社会への船旅に出るまでのこの限られた時間で、自分がどこに向かいたいのかをしっかり考えてください。「大学は人生のオアシス」とよく比喩されますが、大学での時間とはそれほど貴重なものなのです。

 

「人生は重要な選択肢の連続である。“Life is a series of choices.” (シェイクスピアの有名な格言です。) 」という話を先日授業の中でしました。この先の人生であなたたちは選択を迫られます。さらに言えば、選択に惑っている時間もそう長くは待ってくれません。そのとき、選択を誤らないよう、人生をより良くする選択ができるよう常に現実を見極め、向かうべき方向を見失わないようにしてください。

 

ここまでいつになく真剣に書きました。真剣でなければ人を変えることはできません。船旅を前にした人たちの人生をより良い方向へと導き、荒波に負けぬ力をつけて社会という海原へと送り出す。これが「教育」だと思っています。俺のこの最後のメッセージがみんなを少しでも教育できていれば嬉しいです。

 

改めて、これまでありがとう。そして、この先もがんばれ!

2018年3月 midori*


【参考リンク】
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)

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