メンタルケア

自分のマインドタイプを知る: ユング心理学

今回本当にお話ししたかったテーマ。

それは「自分のマインドタイプを知る」ということです。

 

自分のマインドタイプを知ることは、

「自分自身を知る」ということにもなります。

 

これを怠ってしまうということは、

「人生の怠慢」と言っても過言ではありません。

 

…いや、

これはちょっと言い過ぎかもしれませんが。(笑)

 

しかし、

少なくとも知っておいて損はないはずですし、

自分のことを知ることで、

これを読んでくださっている方の悩みが少しでも晴れるのであれば、

僕はそれだけで本望なのです。

 

たとえそれが、

僕の声に耳を傾けてくれている中の、

稀有な共感の灯火を示してくれる一人だけであっても。

 

このマインドタイプの考えは、「ユング心理学」に基づくものです。

フロイトアドラー

そしてユング「三大心理学者」として知られていますね。

 

これまで僕はアドラー心理学の考えを元に文章を綴ることが多かったですが、

今回はこの「ユング心理学」についてお話ししていきます。

 

●自分の心のタイプを知る

 

ユングは人の外界に対する意識、

それによってどのような行動を取るのかによって、

人のマインドタイプを二分化しました。

 

それが、

「外向的タイプ」「内向的タイプ」です。

 

まずご理解していただきたいのが、

 

「外向的が善、内向的が悪」

 

ということでは決してありません。

 

自分の心のベクトルの向きが外向きなのか、

内向きなのかの違いに過ぎないということです。

 

新しい環境に足を踏み入れる春。

 

大人も子どもも、ワクワクドキドキしながらその場へと足を踏み入れますよね。

 

みなさん、学生時代、春休み明けの学校って、

なんだかそわそわしませんでしたか?

 

顔や態度には決して出さなくとも、

心のどこかでは「あの子と一緒になれるかな…」って思いませんでした?

 

マインドタイプが「外向き」の人は、

新しい環境、顔見知りの人がいない環境であっても

すぐに行動に移すことができるタイプです。

また、適当に話し、適当に黙る、

はたから見るとそんな天真爛漫、裏表のないような人として他の人の目には映るかもしれません。

 

一方、「内向的タイプ」

新しい環境において、その場に馴染むことに対して強い不安を感じる人も多いのです。

 

「上手く馴染めるだろうか…」

「最初にどうやって教室に入ればいいのかな…」

「始めに何から話し出したらいいのだろう…」

 

おそらく「外向的タイプ」の人にとっては、

「考えすぎ!」と感じるかもしれません。

しかし、「内向的タイプ」は至って真剣です。

 

真剣だからこそ、神経質に新しい空気感を敏感に感じ取り、

新しい環境に踏み入れるのに大きな勇気が必要なのです。

 

内向的タイプは新しい環境に足を踏み入れるのに躊躇し、そして当惑します。

 

「こんなときはノリ良く明るい性格を演じなければならない」

 

そして馬鹿げたことをして、後悔することがよくあります。

 

「外向的タイプ」は、子どもの頃に得をすることが多いです。

 

前に出ることに対してあまり抵抗がないため、周りには人が集まり、学校では先生にも気に入られます。

 

一方で、「内向的タイプ」は、子どもの頃に窮屈な思いをするかもしれません。

 

上手く自分を外に出せず、

「暗い」「おもしろくない」「変わってる」

そう思われることも少なくはないと思います。

大人からも要らぬ心配をされ、

そして「矯正」されます。

 

この矯正をされることで心の中で摩擦が生じ、より生きにくさを感じるのかもしれません。

もしかすると、やはり人生においては「内向的タイプ」の方が生きにくいと感じることが多いのではないでしょうか。

 

しかし、それでも「内向的タイプ」は悪いことばかりというわけでもありません。

 

「外向的タイプ」は、社交的で、多くのことに興味関心を持ち、交友関係も広いのが特徴です。

適当に自信を持ってすぐに行動に移すことができるので、フットワークも軽いです。

ただ、一度躓くと「脆い」

「外向的タイプ」は自分の心の力を外界へと発信するパワーに優れています。

しかし、その力を自分の心の内界へとベクトルを伸ばしていくことは苦手なのです。

 

一方、「内向的タイプ」は、自分の心を外界へとさらけ出す力があまり強くはないので、確かにこの社会の中では「生きにくさ」を感じるかもしれません。

ただ、自身の心の内界へとその心的な力のベクトルを伸ばすことに非常に長けているのです。

 

「なぜあんなことをしてしまったのか」

「あのときの言葉はまずかったかな…」

 

こうした自己批判の力が強いが故に、

少々のことでは躓きにくく、打たれ強いのです。

「内向的タイプ」は「生きにくさ」を感じるタイプなので、外向的タイプと比べ、社会的には躓くことが多いのかもしれませんが、その分鍛えられている部分も多いということです。

 

まずは自分がこの「外向的タイプ」、「内向的タイプ」のどちらの方が近い心の性質なのか、それをしっかりとお考えいただきたいと思います。

 

…ここまで長々とお話ししておいてアレですが、

実は、

人はこのどちらの要素も併せ持っています。(笑)

 

強い方の性質が表れ、もう片方の性質はその人の「心の影」となります。

 

通常であればその人の中の、強い力を持った方の性質が外界へと表出され、

周りからも「外向的タイプの人は活発」

「内向的タイプの人はおとなしい」

という認識のままにその社会の中で生きることになります。

 

普段であればそれで特に問題なく生活をすることはできるのでしょうが、

ふとした瞬間に心の奥底にしまっておいた「心の影」を無理に引き出そうとしてしまうと、甚だしい疲労感を感じ、ひどい場合は心の健康を害してしまうこともあります。

 

「こういう空気の時はハッちゃけた方がいいんだろうな」

とか

「ここでは静かにしておこう…」

 

そんな風に我慢を続けていると、そのうち必ず「限界」が来ます。

そのため、外界から強い圧力が働く場面に長く居過ぎると、

外向的タイプであろうが内向的タイプであろうが「生きにくさ」を感じ、そして心を病んでしまう危険性があるということになります。

 

僕は普段からそういった「心への圧力」が働くような環境や場面からは、「意識的に」極力離れて生きるようにしています。

これを心掛け始めてからというものの、かなりのストレスが軽減されたように思います。

感受性が鋭敏な人は気疲れしてしまうことが多いですが、「危機察知能力」にも長けているという武器も持っているのです。

特に近年「HSP」という感受性が豊かな人間性を持った方々にはこうしたポジティブな武器を持っているのだと前向きに考えみてもほしいのです。

危機察知能力に長けていれば、意識的に心への圧力が働く場面を前もって察知し、その場から離れることもあなたであれば可能なはずです。

無理にそこに留まることはありませんよ?

 

また、ユングは、

自分の心の性質を外界へと表出しようとする際の態度のことを「意識の態度」、心の奥底へと内在されたままの態度のことを「無意識の態度」と表現しています。

 

人の心は外向的な一面と、内向的な一面の二面性を併せ持っているため、どうしても外界へと表出される性質にはどちらかに偏りが出てしまうことにあります。

それが一般的に「外向的な性格」「内向的な性格」と呼ばれているのでしょう。

多少であれば少し無理をして普段ならやらないことにも耐えられるでしょうし、むしろその経験が心の養分となって、そのストレスが心の成長に繋がるかもしれません。

 

しかし、「過剰に」心が反応してしまう場面や、長くその場に留まり過ぎると、

「無意識の態度」が心の制御を破って病的な態度として現れることがあります。

 

元々活発で外向的な人が、環境からの強い圧力を受け、長い時間内向的な暮らしを強いられ続けると、無意識の態度として心に閉じ込めていた外的エネルギーが爆発し、突然「ヒステリー」として外界へとその心の叫びをあげることでしょう。

 

普段は物静かな内向的な人が、周りからの同調圧力などによって、無理やり外向的な言動を強要され続けると、無意識の態度として心に閉じ込めていた自己批判の力が暴発し、「神経衰弱症」となってしまいます。

 

このように、人の心は「外向的タイプ」と「内向的タイプ」に二分され、誰しもどちらの性質をその心の中に秘めながら生きているのです。

 

●「4つ」の心的機能

 

ここまで、

人は「外向的タイプ」と「内向的タイプ」の両方の一面を心の中に併せ持っており、その性質の強い方が外界での行動や態度、性格として現れるとお話ししてきました。

 

人はこの二つの態度の他に、最も得意とする心的機能をそれぞれ持っているとユングは言います。

その心的機能というのは「4つ」に分類することができます。

 

  • 思考 (thinking)
  • 感情 (feeling)
  • 感覚 (sensation)
  • 直感 (intuition)

 

では、これらの心的機能というのは、それぞれどのような特徴を持っているのでしょうか。

 

ここで一枚の写真を見ていただきたいと思います。

 

 

 

 

 

これは僕がいま親交を深めていただいているとあるシェフの方がブログで紹介している料理の写真です。

 

これ、なんの料理かわかります?

 

 

 

 

そう!

「豚肉の生姜焼き!」

 

僕が知っている生姜焼きとちがう!!!(ドンッ)

 

僕は生まれてこの方、こんなに「オサレな」生姜焼きは見たことがありませんよ…?

はやくコロナが落ち着いて、この方の料理を食べに行きたいものです…(ジュルリ)

 

 

さて、あなたはこの写真をご覧になったとき、

瞬間的に何を第一に感じ取りましたか?

 

「これは何の材料が使われているのか、どのような味なのか」

「なんかよくわからんが美味そう!」

「焼き色と玉ねぎ、水菜、お皿の色が良い感じ!」

「ご飯掻き込みたい…」

 

おそらく人によって捉え方は様々なはずです。

 

実はその咄嗟に感じ取ったそのイメージによって、

マインドタイプを先ほどの「4つ」の型に分類することができるのです。

 

【思考】

対象の属性を考える

【感情】

対象の感じや雰囲気が良い悪いか捉える

【感覚】

対象の形や色などを的確に把握する

【直感】

対象の属性を超えた可能性を見出す

 

つまり、

 

「何の材料なのか、どのような味なのか」という

具体的な「属性」について咄嗟に

考えた方は「思考型」

 

「なんかよくわからんが美味しそうなのはわかる」

「ぱっと見の印象や雰囲気」などを

感じ取った方は「感情型」

 

「焼き色、野菜の色、お皿の色」など

「全体的な色や形の調和」を

感じ取った方は「感覚型」

 

「ご飯」「コース料理」「高級レストラン」など

「対象とはかけ離れたもの」と

結びつけた方は「直感型」

 

これもまた先ほどの

「外向的タイプ」「内向的タイプ」と同様に、

誰もがこの4つの心的機能を持っています。

 

ただ、やはりその人のどの機能の力が強いのかによって、その人の外界での言動や性格に密接に関わってくるんです。

 

このように「2つのマインド」「4つの型」を掛け合わせ、

合計「8つのマインドタイプ」が形成されます。

 

  • 内向的思考型
  • 外向的思考型
  • 内向的感情型
  • 外向的感情型
  • 内向的感覚型
  • 外向的感覚型
  • 内向的直感型
  • 外向的直感型

 

これらの「4つの心的機能」は、

「思考」と「感情」

「感覚」と「直感」

このような組み合わせでそれぞれが対立関係にあり、どちらかが発達しているともう一方は未発達な状態になります。

例えば、「思考」の機能が強い力を持っている場合、「感情」の機能は衰え、それを「感覚」「直感」どちらかの機能によって補完されるということになります。

 

「思考」と「感情」は、自分の内界にあるものを、外界へとアウトプットし、自我を他者と共有するための機能です。(合理機能)

「感覚」と「直感」は、自分の心の内界へと、外界からの情報などをインプットし、自我を深めていく機能です。(非合理機能)

 

ここで言う「自我」というのは、

自分が何を考え、何を感じ、何を意識しているのかという、

その人の「生き方」「価値観」「心」のようなもののことを指します。

 

「思考」「感情」型の人はまず「どうして…」という理由や根拠について考える傾向が強い人が多いです。

「感覚」「直感」型の人はまず「なんとなく」というイメージを捉える人が多いです。

 

それぞれ感じ取ったものが

言葉で説明できるような「合理的」なものなのか、

それとも言葉では表現しがたい「非合理的」なものなのか、

どの機能の力が強いのかによって、生き方や価値観は異なってくるのです。

 

そして、「価値観」というワードが出てくると、

どうしても「価値観の押し付け」が起こってしまいます。

 

これは先日僕がツイートした、

「人はなぜ争うのか」

「争いはどうして終わらないのか」

というように、

「価値観の押し付け」から「争い」へと発展してしまいます

 

ここで厄介になってくるのは、

「お互いが自分の価値観のことを正義だ」と考えていること。

 

どちらの価値観も本当は正しいのに、それを相手にも強要してしまうことで拒絶されてしまったり、争いとなってしまったりするんです。

 

ユングも同様に、

「自分と型の異なる人を理解することはまったく困難である」

ということを強調しています。

 

ここで、

これまで僕が何度も綴ってきた

「アドラー心理学」の考えを思い出していただきたいのです。

 

「課題の分離化」をすることによって、他者と自分の価値観や生き方に干渉し過ぎないよう意識するだけでも、争いを避けられるとは思いませんか?

争いまで発展しなくとも、

「どうしてわかってくれないの…」

という苦痛から自分の心を守ることが、少しでもできるように思いませんか?

 

また、ユングはこれと異なる考えも同様に強調して言葉に残しています。

 

実際には、

「自分の反対の型の人を恋人や友人に選ぶ傾向も強い」

というのです。

 

自分と同じ型の人には「深い理解」を、

自分と反対の人には「魅力」を感じるというのです。

 

そのため、「反対の型の人に恋をする」というは必ずそう言い切れるものでもなく、深い理解ができるからこそ、同じ型の人に恋をすることもあるのではないかと僕は思います。

 

それではここまでで述べてきた

「8つのマインドタイプ」について

次項で詳しくお話ししていきますね♪

 

●「8つ」のマインドタイプ

 

ここからは先ほどの「8つのマインドタイプ」についてお話ししていきます。

心はこれだけ様々なタイプに分類することができ、

おそらく「少なくとも8つ」ということなので、

無理矢理自分の心をこのどれかにあてはめるような短絡的な思考はまずはご遠慮くださいね。

 

心理分析も占いも、

「あてはめる」のではなく「あてはまる」ことを常に念頭に置いておいてください。

そのため、「いや、どれもあてはまらないし…」というのも正常な思考なのです。

 

 

①【外向的思考型】

 

このマインドタイプの人は、

「自分の知性が導き出す結論に、自分の生活を従わせようとする」タイプです。

パズルのピースをあてはめるように、

自分の考えやこれまでの経験から得られた知識の「型」に、

生き方や価値観をあてはめようとするということです。

 

新しい独創的な考えよりも、

一般的に受け入れられる考えの図式を作り上げ、

例外を許さぬ態度によって、

これを守ろうとする。

 

あなたの周りにもいませんか?

 

「この人、頭かたいなぁ!」

「もう少しゆるく人生を生きてもいいのに」

「頑固!自分とはちょっと相容れない!」

 

こうしたネガティブな印象を与えてしまっていることが多いような気がしますが、会社や学校のクラスなどの組織運営では、

正直「なくてはならない存在」だと僕は思います。

 

このタイプの人の言動が上手く行われる時は、

実際的な問題について、良い組織を作り上げたり、

社会に役立つ理論を提供する人となります。

 

実際この人が言うことは「正しい」「正論」であることがほとんどだと思います。

無駄を省いた効率的な思考、とでも言うのでしょうか。

合理的な思考は常に何かしらの「利益」をもたらします。

 

しかし、それが頑なな姿勢となって現れる場合なマイナスな方向へと働きます。

 

わかりきったことでも喋らずにはいられない人。

自分の考えや価値観などが「絶対的正義」だと信じ込み、

一つの型に他の人まであてはめようとする人。

自分の正義感、正論を振りかざして人を傷つけてしまう人。

 

そうした人が近くにいるだけで、

おそらく「この人苦手だ…」と感じられ、

結果的に組織へ不利益をもたらしてしまうこともしばしば。

 

このマインドタイプの人の特徴は、

感情的な部分を抑制している点で、

「芸術」「趣味」「友だち付き合い」などを軽視するところにあります。

おそらくこれらが「非生産的」だと感じられてしまうからなのでしょう。

それよりも仕事など、「生産的」だと感じられることに時間と労力を惜しまないタイプでもあると思います。

 

このようなタイプの人はいつしか気が付いた頃には「独りぼっち…」なんてことにもなりかねません。

 

これはあくまで僕個人のこれまでの経験からの勝手な偏見なのですが、

このような思考のタイプは

理系の方に多いような気がします…

(理系の人、めっちゃごめん)

 

別にこのタイプが悪いなんてこと、

微塵も思ってないんだからね…!(急なツンデレ感)

 

②【内向的思考型】

 

このタイプの人は

新しい「事実」についての知識より、

「新しい「見解」を見出すことが得意」な傾向にあります。

 

ユングは「思考型」の2つのタイプの代表として二人の偉人の名前を取り上げています。

 

内向的思考型の代表

イマヌエル・カント (1724-1804)

 

外向的思考型の代表

チャールズ・ダーウィン (1809-1882)

 

カントは近代哲学の祖とも言える哲学者の一人です。

東洋大学には「四聖」と呼ばれる偉人たちをシンボルとして残しているそうです。

その「四聖」というのが、

孔子、釈迦、ソクラテス、

そしてイマヌエル・カントなのです。

 

ダーウィンの名はご存知の方がほとんどだと思います。

『種の起源』という書物の中で人類や自然界の「進化論」について記したことであまりに有名です。

 

ここではカントを代表とする

「内向的思考型」のマインドタイプについてお話ししていきます。

 

このタイプの人の思考の深さは、ピカイチの独創的な発想として周りを驚かせることがあります。

しかし、人によってはそれがまったく伝わらず、独りよがりな考えとして捉えられてしまうことも…

 

「伝わらないもどかしさ」

 

それによる苛立ちと、普段は現れない感情とが結びつき、

異常に破壊的・攻撃的な考えや、行動となって現れる場合もあります。

これが先ほどの無意識の態度としての外向的な一面である「心の影」が表出されてしまう一例です。

 

あるいは、それが外界への攻撃的なものとはならず、

素朴な無邪気さとして現れ、

「おっちょこちょい」と呼ばれる場合もあります。

 

自分なりの見解を見出す才能はあるが、

それを人に伝えるのはあまり得意ではないタイプですね。

 

親しい、よく理解してくれる人に対しては、

その考えは尊敬の的となったり、

強い感化を及ぼすことになったりもしますが、

一般的には、このような人は「良い教師」にはなりにくいのです。

 

なぜなら、外向的に自分の考えや感情などを外界に発信することに対してあまり関心がなく、そもそも、教えること自体に興味を持っていない場合が多いからなのでしょう。

 

③【外向的感情型】

 

このタイプの人は、

自分の気持ちに従ってそのまま生きていますが、

それは周りの人が求めているものにとてもよく一致しているため、

スムースに行動していくことができます。

 

一般的に「みんな」が「良い」と思うことは、この人にとってもそうなのです。

よくある、「みんながそうだもんっ!」と子どもが駄々を捏ねるのによく似ていますよね。(笑)

周りの人の感情に合わせたり、自分の感情のままに動けたりするタイプの人なのです。

 

一般的に、

思考型は男性に多く、

感情型は女性に多いとユングは言っていますが、

このような「外向的感情型」の女性は、

パーティや飲み会などには欠かせないキャラです。

 

適当に、そして自然に「明るい」「楽しい」雰囲気を創り出せる能力があるのです。

 

おそらくそうした集まりの場では、

「いじられ役」として場を盛り上げてくれるでしょう。

 

初対面の人にでも好感を与え、「適当な」関係をつくることに関しても、このタイプの人は才能を発揮します。

実際、このタイプの女性は、人間関係を円満なものとし、機転が効いて愛嬌があって、多くの人に好かれることが多いです。

 

「天然さん」と呼ばれる人でもあるのでしょうか?

 

とにかく、自分の感情をそのまま外界にさらけ出し、そして自分の空気感で周りを包み込む才能があるのです。

 

しかし、あまりにも周りを意識しすぎて過剰に外向的になってしまうのはよくありません。

自分の感情や意思を相手に寄せ過ぎてしまうため、

このタイプの人の最大の魅力である「個性」がなくなってしまいます。

こうなってしまうと、他人に気に入られようとしてしまったり、相手の顔色を伺って常に怯えて生活することになったり、「頑張ろう!」という姿勢がどこか軽薄に感じられてしまったりすることがあります。

 

そうなると、「やりきれない感情」を生み、

それをぶつける先もわからぬまま自己嫌悪に至ってしまうこともあります。

 

相手のことを意識し過ぎると、その感情を抑制するために、今まで抑えられてきた「思考機能」が現れ、考え込んでしまいます。

こうして心に闇を抱えてしまう人も多いのではないでしょうか。

 

④【内向的感情型】

 

ユングはこのタイプの人のことを、

「静かな水は深い」という言葉が一番ぴったりだと比喩しています。

 

周りから見ると

「控えめ」「不親切」「無感動」

と見られる人が、

深い同情や、細やかな感情を時として示すと、人を驚かすことがあります。

 

このような人は、正しくはあるが、その場面には不適切な判断によって自ら苦しまねばならない時があります。

 

例えば、学校でワイワイ友だち同士で新しいゲームについて楽しく話をしている時、みんなが盛り上がっている中、それに面白さを感じることができず、どう反応すればよいのかわからなくなることがあります。

(困ったことに、その判断は正しいときが多いとユングは語ります)

 

このタイプの人は、

その深い感情や感受性に支えられ、歴史に残るような自己犠牲的な行為を突発的にしたり、高い宗教性や芸術性を現したりすることもあります。

 

周りとの関係が上手くいかなくなると、

自分のその感情を押し通すために、

「わがまま」

時には「サイコパス」

そう周りからは見られてしまい、さらに人との関係が築きにくくなることがあります。

 

クラスにいましたよね?

不器用なのにさらに要らぬことを言ってしまって煙たがれてしまう人…

 

人になかなか伝えられない自分の気持ちは、大人になると自分の子どもへと投影されることも多いです。

行き場を失った母親の情熱はすべて子どもへと吹き込まれ、この子どもが成長し、独立していくことを困難にしてしまいます。

 

こうして、

愛情深い母親に育てられた問題児ができあがるのです。

 

もしくは、

自分の気持ちを上手く表現できないこと、マイナスな思考とが結びつき、他人が自分のことをどう思っているのかと思い悩み、考え込んでしまう。

この自分の心の中での葛藤に疲れ果て、精神衰弱症になる人も多いのです。

 

こうした人も、

もし自分の感情をありのままに表現し、伝えられるグループなどがあると、

その中では暖かい親切な人として、不変の友情を楽しむことができる人なのかもしれません。

 

⑤【外向的感覚型】

 

このタイプの人は、まさに「現実主義者」です。

 

事実を、事実そのままに受け取って、それを「経験」として自分の価値観へと変換していくのです。

常に現実の中で生きる、とでも言うのでしょうか。

 

これに思考や感情の補助があまり加わらないときは、

このタイプの人は気楽な、その時その場を生きる人となります。

 

美味しいご飯屋さんの場所や味をよく覚えていて、さらに新しいお店を開拓することにも積極的です。

友だち同士で飲みに行こうというときは、自分のおすすめのお店へ連れて行ってくれ、楽しいひとときを演出することもできる人でもあります。

 

しかし、

ここからがこのタイプの恐ろしいところです…

 

このタイプの思考や価値観が低俗化すると、

理性よりも本能でその場を生きる、

目の前の楽しさだけを求める、

異性を自分の欲望を満たすための対象としてしか考えられなくなることもあるのです。

 

目の前の楽しさや快楽を追い求める本能に従う生き方というのがもちろん誤っていると否定したいわけではありませんが、このタイプの人は目の前の「苦痛」から避ける傾向にあります。

そのため、勉強や努力を嫌う人も多いため、このような本能だけで生きる「お猿さん」のような人間も後を絶たないのです…

僕個人としては、絶対に価値観を相容れない、交えたくもない人種ですね…

軽蔑さえします…

 

失礼。

つい「本音」が…(笑)

 

しかし、目の前の苦痛を乗り越え、「努力」や「勉強」をすることができれば、

「洗練された品性」の持ち主にも成りえます。

 

また、感情機能と結びついて、音楽や絵画の才能として現れたり、

思考機能の助けを借りて、的確にして膨大な資料の蓄積を得意とする学者を生み出すこともあります。

 

とにかく、このタイプの人は「実生活」「現実」に重きを置くということです。

生活を円滑、豊かにしていくためには、どうすればよいのかをしっかりと考えられる力があります。

これは誰しも見習うべき必要な力ではありますが、

これのみに偏り過ぎると、

やはり抑圧された「直感」が頭を出すことになります。

 

要するに、目の前の「現実」に真摯に向き合える価値観を持っているということになります。

しかし、時として「直感」の力が目を出し、このような「現実的」な人が、「非現実的」なものを信仰してしまうようなこともあるのでしょう。

あるいは、その現実を前にして

「無気力」「諦め」の境地に入ってしまうかもしれません。

 

⑥【内向的感覚型】

 

このタイプの人は、

後でお話しする「内向的直感型」の人と共に、

この現代においては

「外界への適応に非常に困難を感じている人」だとユングは言います。

 

このタイプの人は目の前の現実から得られる情報よりも、

それによって引き起こされる自分の主観に重きを置いているので、

このタイプの人を外から見ると、その行動は不可解に見えることが多いです。

 

他の人が「美しい花畑」を見ている中、

自分は「恐ろしい燃え上がる火」を連想したり、

小さい一つの「目」の中に、

「広い海の深淵」結び付けたりすることもあります。

 

そして、「内向的」が故に

その「見た」ものを適切に表現することが難しく、

その想いをそのままにしておいて、一般的には他人に従って生きている場合が多いのです。

 

そうして我慢しながら生きていると、「思考」や「感情」の芽が頭を出します。

 

「どうして我慢しているのだろう」

「この黒い感情はなんだろう」

 

そして「心の影」が外界へと現れると、「外向的な行動」に出ることになります。

実際にその現実を自分の価値観の方へと近づけようとするのです。

 

いつもは他人の支配下に属し、従順そのものと見られている人が、時として、とんでもないところで頑固さを発揮することもあることでしょう。

 

しかし、もしこのタイプの人が、自分の心の内部で見出したものを、他人に伝えるだけの創造性や表現力を持つときは、偉大なる「芸術家」として、その才能を開花させることがあります。

そして、その芸術家の描き出したものは、見た者の心の奥深くまで突き刺さるような「感動」を創り出すことも可能なのです。

自分の心の中に存在するものを、この人が描き出すまで、どうして気づかなかったのかと思うこともあり、「感動」によって「人を変える力」を発揮することもあります

 

そしてそれは、「現実」をありのままに捉え、そのまま表現した作品であるため、「フィクション」ではなく、「リアル」に基づくものなのだとわかるでしょう。

 

「現実」をこんな風に捉えられるのか…

いやはや感服…

自分も見習わなければ…

 

こうして一部の人からは絶大な信用を築くこともできるのです。

 

かつて、画家のシャガールは、「空想」の世界を描いているといわれているのを嫌って、

 

「私は現実の世界、

内的現実 (inner reality) を描いているのだ」

 

そう答えたといいます。

 

このように、

「感覚型」はその人の目に映る「現実」を正確に捉える力を持っているのです。

そして、芸術家としての創造力や表現力を身に付ければ、独自の主観によって捉えた「リアル」によって、人を変える力をも秘めているのです。

 

⑦【外向的直感型】

 

「感覚型」の人は目の前の現実をありのままに捉える力を秘めているとお話ししました。

「直感型」はこの「感覚型」とは対を成す関係にあります。

 

どういうことかというと、

目の前の事物に対して、他の人が認めているような感覚ではなく、

その向こう側にある「可能性」を求めて行動するのが「外向的直感型」の特徴です。

 

「なんかよくわからんが、君には可能性を感じるよ!」

 

こういうように考える人たちのことです。

 

「思いつき」で行動し、人間関係においては、

隠されている「嘘」を見破ったり、

「未完の大器」を掘り出したりすることに情熱を傾ける人などもいます。

 

「投資家」の方々などに多いのでしょうか…

 

とにかく、

このタイプの人の直感は「よく当たる」

 

言葉などでは説明しがたいことなのですが、なぜかよく当たるのです。

 

しかし、この「直感」が「思考」や「感情」による判断によって補助されていない時は、このタイプの人は、「種はまくが、収穫は得られない人」になる危険性が高いのです。

 

一つの可能性を見出したとしても、

その仕事が完成しない前に、この人は次の新たな可能性に気を取られ、

そちらに行ってしまい、その成果を得ることができなくなってしまうのです。

 

良く言えば、

「器用貧乏」

「苦労人」

「縁の下の力持ち」

 

悪く言えば、

「落ち着きがない」

「集中力がない」

「根性がない」

「三日坊主」

 

このようなところでしょうか。

 

結局、この人が立ち去った後に来た人が、この成果を得ることになってしまうことも少なくありません。

 

「釣り逃した魚は大きい」

 

そう感じてしまう人も多いでしょう。

 

「直感型」の人は、

他人を富ますことに力を傾けながら、自分はいつも貧困に苦しまねばなりません。

 

このような傾向が強くなると、抑圧されていた「感覚」が心の壁を破って次第に現れてきます。

 

「外向的感覚型」の人にもよく似ていますが、

「感覚型」の人が、何か宗教的・神秘的なものにとらわれるのに対して、

「直感型」の人は、逆に現実的なものに囚われることになります。

 

それは、自分の身体に対する囚われ。

 

身体という殻を壊そうとする衝動的な行動や、

何かに襲われるのではないかという強い恐怖や不安を常に感じることでしょう。

 

時として、「心気症」「心身症」と呼ばれる恐怖や不安によって生活に支障が出てしまうケースも少なくありません。

大半は「思い込み」による場合が多いようですが、本人は本気でその恐怖や不安と闘いながら生きていくことになるのです。

 

ちなみに、

「心気症」は、幻覚や幻聴などの精神的な症状が目に見えて現れる病気です。

「心身症」は、頭痛や下痢などの身体的な症状が現れるものです。

 

「適応障害」「不安障害」なども、

これらの中に含まれるのではないでしょうか。

(知らんけど)

 

⑧【内向的直感型】

 

このタイプの人も、

周りからは理解されがたく、外界に適応しがたい人」です。

 

自分の心の内部に可能性を求めて、「空想」の世界を歩き回っていると言われてもおかしくないような人です。

その自分の感性を他人に伝えることに困難を感じるのも、変な話ではありません。

 

この人は目の前の現実には関心を示さず、

周りの人が最近のニュースについて話しているときに、

「そんなことあったの?」と呟くことがあります。

 

とにかくその言動は周りの人から見ると

「不可解」「非生産的」

そのため、「外向的直感型」の人と同様に、

他人の支配下で使われていることも多いのです。

 

外側から見る限りは、

「人にも物にも無関心」「自信のなさ」

「不可解な当惑や言動」

これらばかりが特に周りからは見られるので、

周囲の人からは過小評価をされてしまうことも多いでしょう。

 

しかし、このタイプの人が、

自分の得たものを外に表現する力を見つけた場合、

独創的な芸術家、思想家、宗教家など、

このような創造者としての輝かしい成功を収めることでしょう。

 

あるいは、その「直感」があまりに鋭い場合は、

同時代の人々には見捨てられ、

次の時代の人に拍手される運命を背負うことにもなります。

 

この「不動なる人」を動かしたものとは、

目の前の現実ではなく、

「未来への可能性」なのです。

 

自分の世界観を自己の内に秘めている

その世界観は現実世界をも変えてしまう

 

そう言ってもいいのかもしれません。

 

ところが、このタイプの人は、

自分の内部のその「独創性」自体に悩まされることもあります。

 

この「独創性」「独自性」というのは、この現代には非常に不向きな力なのかもしれません。

 

社会という場では「同調圧力」「多数決の原理」などによって、この人の価値観は押し殺されることが常になってしまいます。

 

そのため、その価値観から自分でさえも目を逸らそうとするがあまり、

無理に「機械的」「事務的」なことをやろうとする傾向もあるでしょう。

 

本当に惜しいものです…

こうしたマイノリティがもっと伸び伸びと生きていけるような世界になってほしいものです…

 

こうした心の中での葛藤や、社会との間に生じる摩擦によって、

神経症に陥いる人もいます。

 

ここでキリが良いので、

次のページに進みますね?♪

(まだ続くのぉ!?)

 

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